着地型旅行業の商品企画とインバウンド対策の講演会 IN東京の中学校

平成29年8月30日に現地先生からの依頼で東京都の中学校に
伝統・文化を守るために旅行会社ができること(これからの旅行形態と着地型観光について)という題で講演に行ってきました。

思春期&反抗期まっただ中の中学三年生200人を相手に
上手く伝わるか、何か得てもらえるものはあるか、笑いは取れるか、
など色々と考えながら話すことを吟味していきました。

結果的には非常に素直な良い子たちばかりで、
こちらの質問にも手を挙げて答えてくれ、質疑応答の際にも色々と質問してくれて
「こちらの思いは伝わっている」と感じることができました。

 

また講演会の感想文なども参加した全生徒さんからびっしりと書かれたものをいただくことができ、
色々とお話しさせていただいたことが伝わたんだと実感することができました。

 

講演会に向けては、色々と調べ直したり再確認でき自分の勉強にもなり大変有意義な時となりました。

 

 

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旅行業についての講演会依頼までの経緯

なぜ東京へ?とお思いの方が多いと思いますので経緯を少々。

 

今回はNHKで私が出演したテレビを先生が見られていて
秋に修学旅行で京都に来られるので、その際に「子供たちに講演を!」と思いつかれたところからはじまります。

 

先生からお電話を頂き、また修学旅行の下見を兼ねて京都に来られた際にお立ち寄り頂きました。

熱心な先生方でただ修学旅行に京都に来るだけではなく、「老舗の多い京都、観光客の多い京都、伝統産業の息づく京都の真髄を生徒たちに教える為、1件1件下見をされ、工房を見せて頂く手はずを付けたり、体験学習をさせて頂くてはずを付けたりされておられました。

 

その中の一つが私の講演で、京都に来た際の夜に旅館でお話をして頂けないかというものでした。

あいにく修学旅行に来られる日程と私が添乗に出かける日程とが被っていた為、一旦お断りをさせて頂いたのですが、後に東京に来て講演をという話になり、日程調整させて頂くことになりました。

 

小学生には何度か講演をしたことがありましたが、
中学生ということで難しい年頃と思い、あまり堅い話にならず、
面白く興味を持ってもらえるようパワーポイントを作成し先生と内容を調整しました。

講演内容

題だけ見るとかたぐる思想ですが、これから京都へ修学旅行に来る子供たちへまずは
「京都は面白い!」と題し

  • 京都に文化財が多く残っている理由
  • 京都に老舗が多い訳
  • 京都の人は新しいもの好き
  • 大挙する外国人とこれからの京都

としてお話させて頂きました。

京都に文化財が多く残っている理由

生徒に質問しながらの形式でお話を進めさせて頂きましたが、手を挙げて答えてくれる生徒たちで良かったです。
時間もない中なので下記の3つに絞りお話させて頂きました。

 

① 古都京都は794年~1868年まで天皇がおられた権力の中心地だったことで、
時の権力者たちが後々文化財となるような高価なもの、希少価値の高いものを発注したり、
諸外国から取り寄せたりした為、京都に貴重な文化財となるもとが集まった。

また、有力武将たちもこぞって公家などに高価なものを貢物として進呈したり、
権力者の為に豪華で大掛かりな寺院建築に携わった為、荘厳な寺院が多く残った。

また、大きな寺院はいざという時の京都での兵の宿場などにすることも考えられていました。

 

② 明治の大変革の際に岡崎地帯を中心に産業化を目指した時もあったが、
上手くいかず、岡崎地帯が工業団地にならず、代わりに別荘ができたり、文化施設ができた。

ここで大掛かりな工業地帯が生まれていたら、もっと京都は変わっていたかもしれない。

 

③ 第二次世界大戦で大空襲に合わなかった。

なぜ、大空襲免れたかについては諸説あるが、大きく2つ。

1つは明治から京都が進めてきた勧業博覧会などで、古都京都を世界に発信し続けていたから。
(後に説明する日本初の博覧会に繋がります)

2つ目は戦争では人口が多い都市、軍事基地がある都市から狙われるので、比較的地方都市の京都は逃れたという見方もある。

原爆を落とす都市の最有力に京都が選ばれていたという話もある。

 

具体的な表で見れば現在では首都東京につぎ2位となっており、3位以下を大きく引き離している。

京都に老舗が多い訳

こちらでも多いわけを考えてもらいながら2点について主に話をしました。

 

① 京都には多くの社寺があり、それらの中にも多くの本山、総本山があり、
社寺の保守・維持が必要だった為、伝統産業を守らないと行けなかった。

卓越した技術の伝承の為にも代々受け継がれる組織が残った。

 

② 古都には様々な事情で多くの方が入洛(京へこられる)されていた。

その方々をおもてなしをするためにもお茶やお菓子の技術しきたりが発達し、
守られてきたと考えられる。

 

また、老舗といえども、同じものをまったく同じように製造販売しているところは少なく、
同じものを提供し続けるだけでなく、時代に応じ、技術を磨き発展。

変化することを恐れない気質があった。

変化する頃を恐れない例

  • 八ッ橋:固いお菓子 → 生八ッ橋
  • 西陣織:着物の帯 → ネクタイ → 内装やクッションなど
  • お茶の世界:公家や武士の文化 → 商人や大衆 → 花嫁修業

ダーウィンの進化論
「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である。」

京都の人は新しいもの好き

日本初の小学校:学校制度ができる前に番組小学校ができていた。

明治2年(1869年)のうちに64の番組小学校が開校、
その多くは、地元有志の寄附や寺社の敷地の一部でまかなわれた。

当時の小学校は、単に教育機関であるだけでなく、
町会所の役割に加えて、警察や保健所等の仕事も行っていた。

天皇さん以下多くの方が東京へ行かれる中、
残った町衆たちがこれからの京都には教育が必要と思ったのではないか。

ちなみに、
日本最初の近代学校制度は明治6年(1873年)に、「学制」として定められます。

 

日本初の博覧会:京都では日本最初の博覧会が,明治4年に行われました。

これを機に,京都府と民間によって創設された京都博覧会社は,明治5年,第一回京都博覧会を開催。外国人観光客もたくさん訪れたとのことです。

京都博覧会社(のち京都博覧協会と改称)主催の京都博覧会は,昭和3(1928)年まで,ほぼ毎年開催されています。

 

19世紀,工業化した国々で万国博覧会が開催。

当時の万国博覧会は,国際見本市という性格が強かったので,
明治政府は万国博覧会へ積極的に出品するとともに,
国内における勧業博覧会の開催に力を注ぎました。

 

明治10年には第一回内国勧業博覧会が東京で開催。会期中に45万人余りの入場者を記録。
内国勧業博覧会は5回開催,第一回~第三回は東京。(第五回は大阪。)
第四回は明治28年に京都,4か月の会期中113万人をこえる盛況。

開催にあわせて,日本最初の市街電車も走りました

 

特殊構造の京都タワー:普通のタワーは鉄骨なのに対し、京都タワーではモノコック構造が使われています。

これは飛行機や新幹線と同じ構造で、大変珍しいそうです。

また、下にはビルが建っており、地下3階~地上9階までを土台に約800トンもの負荷が土台にかかっているそうです。

 

面白いところでは

世界初のマンガミュージアム:昭和初期のマンガなど約30万点を所蔵。
読めるだけでなく、博物館としての役割もしています。

面白いところでは月2回コスプレイベントCOSJOYもかいさいされており、
秋葉原のようなコスプレをした人たちを多く見ることができます。

新しい京都ですね。

 

パンの消費量日本一:意外に思われるでしょうが、新しいもの好きの京都人ならではですね。

餃子の消費量日本3位:毎年、宇都宮と静岡で1位2位を争われていることが話題になりますが、
実はすっと3位の地位にあるのが京都。

餃子の王将も京都発祥です。

 

京都には、ただ新しいものが好きなだけではなく、
新しいものを取り入れないといけないという気質があったのでは? 
意外と勉強熱心だと思います。

 

探究心が無いと歴史、文化は続かないのでは。

 

大挙する外国人とこれからの京都

ここ数年(2012年頃から?)特に海外からのお客様が京都へ来られることが増えたように感じます。

tripadviser等で日本の観光地No.1に伏見稲荷大社が選ばれたりしたこうかもあるのでしょうか?

私の家は北区の大徳寺の南側の住宅街にありますが、
家の前ですら今や外国人を見ない日はありません。

民泊の影響もあり、朝からスーツケースを引く外国人が行き来し、
昼にはお地蔵さん巡りをしている外国人、
夕方にはまたスーツケースを引く外国人・・・。

主要な社寺では外国人比率が8割以上の時も!
もはや日本では無いような異様な感じさえします。

 

日本の修学旅行生が課題で外国人へアンケートを取る姿も!
(何しに来てるの?と思ったりもします)

 

着物を着ている人も良く見れば外国人!
(おおよそ半数近くは海外の方ではないでしょうか?)

 

これだけ外国人観光客が多くなると、当然、お見せの対応も変わります。

店員さんは数か国語を話せる人も!
店員さんも外国人の場合も!
(外国人が外国人に物を売っている! もはや、ここどこ~!といった感じです)

 

それでも皆さん、日本らしさ、京都らしさを求めて来られるので改善が必要になってきます。

このままでは飽きられる。

 

これからの京都観光(日本の観光)は着地型観光

有名社寺ばかりではなく、本来の姿、
あるべき京都を見てもらうことが必要で、
主要観光地ばかりに観光客が集まるのではなく、
日常の中にも観光の光をあて、京都をより深く知ってもらう
「着地型観光」が重要となってきます。

 

発地型観光:今までの旅行会社がしていたこと。

お客様と共に旅行に出かける。自地域から他の地域や海外へ。
色々なところに行くので、広く浅い知識が必要。

 

着地型観光:お客様を旅行会社がある地域に集め、
地域の旅行会社がその地域の案内、ガイドをすることで、
知識の深掘りが出来、魅力的な観光になる。

皆さんも、この地にたくさんの観光客が着て地域活性化になるよう
地元の観光資源をどんどん発掘して着地型観光を広めて下さい。

 

帰ってきてから先生、生徒さんからお手紙を頂きました。
なんと200名全員からで綴りになっていました。
有難いことに生徒さんたちの手紙からは私が講演した内容が細かく記されていて
お役にたてたんだと実感することができました。

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